LOGINよそよそしい彼の作り笑いが、仕事中も脳裏にこびりついて離れない。忘れようとして、ジムで汗を流す。けれど、彼の低く甘い声が、耳の奥にこだまして、忘れさせてくれない。自宅に帰ってからも、彼の幻影は消えてはくれなかった。
『佳晴さん』
ふいに、彼の甘えるような声音が蘇る。
「……っ!」
劣情を抱えた僕は、窄まりにも手を伸ばす。彼の手つきを再現するように動かすけれど、どこか物足りない。
「相沢、さんっ……!」
僕は、少し強引に欲望を吐き出す。すっきりしたはずなのに、どろりとした熱は燻ったままだ。
「どんな呪いだよ……まったく」
つぶやいて、ため息をついた。
相沢さんを知りたいし、抱かれたい。けれど、それ以上に、彼と一緒にいたいと願うようになっていた。
色褪せた平日がすぎ、楽しみにしていたはずの土曜日。僕は、ベッドに横になり、天井を見上げていた。当然のように、考えるのは相沢さんの事で。
(……逃げてちゃだめだよな)
頭ではわかっていても、動けない。先に進みたいのに、今の関係を壊したくない。有り体に言えば、傷つきたくないのだ、僕は。
思えば、あずさと交際している時もそうだった。何か大きな決断をしなければいけない時は、大抵、あずさが決めていた。彼女に丸投げしていたと言ってもいい。彼女と別れる時だってそうだ。切り出すのは、いつも彼女からで。
「……あの頃から、変わってないな」
ぽつりとつぶやき、何も変わっていない自分に嫌気が差す。
うじうじしている自分を、変えたかったのではなかったか。本気で、幸せになりたいと思ったのではなかったか。
「そんなの、幸せになりたいに決まってる!」
問い詰めるような理性の問いかけに、僕は当然とばかりに言い放った。
それで、思い出した。相沢さんと体を重ねた理由を。『幸せじゃない状態』から抜け出す事――それが、彼に抱かれた理由だ。
「――もう、ケリつけなきゃな」
うじうじしているのは、もうやめよう。そう決意して、僕は家を出た。
篝火に到着すると、静かな店内は、週末ともあって賑わっている。
「いらっしゃいませ」
マスターの落ち着いた声に、僕は「どうも」と会釈していつもの席に座った。
「いらっしゃいませ、佳晴さん。いつもより、少し早くない?」
と、僕の目の前に相沢さんがやってきた。
彼は、いつも通りの態度と声音で、メニュー表を僕に差し出す。気まずい雰囲気なんて、これっぽっちもない。
(あの事、気にしてなかったりするのかな……?)
と、少し引っかかりを覚えた。気にしているのは、もしかしたら僕だけなのかもしれない。
「佳晴さん? どうかしましたか?」
と、心配そうに小首をかしげる相沢さん。
その姿が、妙にかっこよく見えて、僕は何でもないと口早に告げ、メニュー表を広げる。酒を飲んでもいないのに、顔が熱いし、鼓動がうるさい。何なのだろうと考えて、今更ながらに自覚した。僕は、相沢さんに恋をしている。
そう認めた瞬間、どんよりしていた僕の心は、噓のように晴れた。
「相沢さん。あの……今日は、話したい事があるから、アルコールは抜きにしたいんだけど……」
緊張気味に告げる。どうにか噛まずに言えたけれど、口の中が妙に乾いている気がする。
「……かしこまりました。それでは、ノンアルチャイナブルーはいかがでしょう?」
「ノンアルチャイナブルー? そんなの、あるんですか?」
僕が驚きの声を上げると、相沢さんはうなずいて、さっそく材料を準備する。
グラスにすべての材料を注ぎ入れ、軽く混ぜる。
「お待たせしました」
と、差し出されたそれには、いつものように彼の自宅の鍵も添えられている。
「悪い。仕事、抜けられそうにないんだ。いつもの時間でいい?」
と、相沢さんは小声でたずねる。
僕はうなずいて、いつまでも待っていると告げた。
彼は、はにかんだような曖昧な笑みを浮かべて、他の客のもとへ向かった。
(忙しそうだな……)
なんて思いながら、僕はノンアルチャイナブルーに口をつける。チャイナブルーの爽やかで飲みやすい味わいはそのままに、アルコール特有の癖が抜けている。
(うん、美味しい。作り方、後で教えてもらおうかな)
自宅でも手軽にチャイナブルーの味を楽しむなら、これで充分だと思った。
軽食をいくつか注文し、腹ごしらえをする。アルコールがない分、しっかり食べておかなければ、なんて思考になっていた。
相沢さんが僕の席近くを通る度、ちらりと横目で彼をうかがい見る。その真剣な表情に心奪われ、ずっと見ていたいと思ってしまう。何だか、彼がいつもより輝いて見えた。
彼の仕事姿を眺めていたいと思いつつ、僕は篝火を後にした。そのまま、彼の自宅に向かう。
「お邪魔、します」
玄関に入った僕は、少し強張った声音でつぶやいた。
週一で来ていて慣れているはずなのに、何だか緊張してしまう。少なからず、僕が意識しているせいなのだろう。
いつもの寝室も、今日はやけに色鮮やかに見える。相変わらず壁にかけられているジャケット、真っ白なベッド、清潔感のある室内。それらすべてが、とても愛おしく感じた。
ベッドに腰かけ、息をつく。誰かを好きになることが、こんなにも高揚感をもたらすなんて、すっかり忘れていた。
(相沢さんは、どう思ってるんだろう?)
ふと、彼の気持ちが気になった。いつも通りだったのは、仕事中だからだろう。だから、なおさら、相沢さんの本音が知りたい。自分と同じように、恋愛対象として見てくれているのだろうか。そうであってほしいと、つい願ってしまう。
相沢さんが帰宅したのは、それから一時間ほど経過した時だった。僕が覚悟を決めるには、充分な時間だった。
「ごめん、待たせた!」
扉を開けるなり、相沢さんはそう言って肩で息をしている。どうやら、急いで帰ってきたらしい。
「ううん、大丈夫だよ。僕の方こそ……ごめん」
「何で、佳晴さんが謝るのさ? 何も悪い事なんかしてないだろ?」
と、諭すように言って、彼は僕の隣に腰かける。
「それは、そうだけど……」
口ごもる僕の頭を、相沢さんは優しくなでた。
「それより、大事な話があるんじゃないの?」
聞かせて欲しいと、僕の目を真正面から見る。
「実は……」
言いかけた途端、急に臆病風に吹かれた。言葉にするのが、怖い。言ってしまった後の、彼の反応が怖い。
(覚悟、決めたんじゃなかったのか!)
と、内心で自分を叱りつける。うじうじしている自分を変えると決めたはずだ。
「相沢さん……貴方の事が好きです。恋愛対象として」
真っ直ぐに相沢さんを見つめて、気持ちを伝える。わずかに声が震えていたけれど、気にしている場合ではなかった。
「……え……」
相沢さんは、そうつぶやいたまま動きを止めた。感情の見えない声。いや、声というよりも、のどから出てしまった音のようにも聞こえた。
予想はしていた。けれど、実際に目の当たりにすると、心が抉られる。
「貴方は? 僕の事、どう思ってますか?」
胸の痛みに耐えながら、僕はたずねる。
「……ここで敬語はずるいよ」
ぽつりとつぶやく相沢さん。僕から視線をはずす彼の目は、震えるように泳いでいる。
「相沢さん」
釘を刺すように彼の名を呼ぶ。
相沢さんは、観念したように息をつくと、
「佳晴さんの気持ちは、すげーうれしい。でも、悪い。あんたの気持ちには、応えられない」
と、深々と頭を下げた。
「どうして……?」
僕は、震える声で理由をたずねる。
「俺、恋人は作らない主義なんだ。ごめん」
「そっか……。それなら……しかたがない、よね。僕の方こそ、ごめん」
取り繕うように告げる僕の声は、震えたままだった。
僕達の間に、言いようのない沈黙が訪れ、気まずさが募る。静寂が重い。両手が小刻みに震え出す。
「あ、のさ……。あのピアス。誰の物なのかだけでも、教えてもらえないかな? 相沢さんの恋人のなんじゃないかって、思ってたから」
精一杯の虚勢を張って、たずねてみる。
けれど、相沢さんの口から語られることはなかった。
正直なところ、ピアスの持ち主は教えてもらえると思っていた。恋人は作らないというのなら、あれはいったい誰の物なのだろう。
(僕には言えない人ってことなのか?)
そんな思いが、口をついて出そうになった。咄嗟に、力強く拳を握りしめ、言葉を呑みこむ。
胸が痛い。断られる事なんて、予想していたはずなのに。傷つく事も厭わないと思っていたのに。彼の口から聞くと、ダメージは想像以上だ。
これ以上、ここにはいられない。体だけの関係も解消するべきだ。そう思った僕は、ゆっくりと立ち上がる。
「佳晴さん……?」
相沢さんの縋るような声音に、胸が締めつけられる。感情のままに責めてしまいそうで、彼の顔をまともに見られない。
「……それじゃあ、帰ります。さよなら」
できるだけ感情を抑えて告げると、僕はその場を後にした。
自宅に戻り、玄関の扉を閉めた瞬間に視界が歪んだ。抑えていた感情が、涙になって溢れ出す。五年前にも味わった胸の痛み。いや、それ以上かもしれない。僕は、静かに嗚咽を漏らして泣き崩れた。
それから、僕の日常は、色褪せたものに変わった。仕事をしていても、好きな曲を聴いていても、酒を飲んでいても、すべてが味気ない。性欲処理にいたっては、手近な誰かを探そうとする始末で。でも結局は、相手に連絡をすることもなく、一人で処理をするばかりだった。それでも、どうにも満たされない。いつまでも、彼の幻影に囚われている。
土曜日の夜、いつもなら篝火に足を運ぶ。でも、どうしてもそういう気にはなれなかった。別れを告げた手前、相沢さんに合わせる顔がない。
「元の木阿弥、か……」
ため息とともにつぶやく。
もしかしたら、以前よりもすべてが色褪せ、つまらないものになってしまった。
「あの時、好みのタイプだって言ってたのにな……」
言葉にすると、また涙が溢れてくる。
『あんたが、俺の好みのタイプだから』
初めて、相沢さんから自宅の鍵を受け取ったあの日、彼はそう言っていた。それは、体を重ねる上での事だったのか。恋人を作らないという事は、おそらくそういう事だ。初めから、彼は割り切っていた。それなのに、僕は本気になってしまった。
「何で……好きになっちゃったのかな?」
相沢さんに会いたい。けれど、会いたくない。相反する気持ちが、僕の心の中でぶつかり合っていた。
翌日。夏本番と言いたくなるくらい、熱い日差しが窓越しに差し込んでくる。けれど、僕の心は相変わらずどんよりと曇っている。
このまま諦めるのかと、理性が問いかけてくる。諦めきれるわけがない。でも、脈は限りなくゼロに近い。どうしたらいいのかわからなくて、僕はため息をついた。
「とりあえず、出かけるか」
部屋にいたら、ますます鬱々としてしまう気がして家を出る。日差しの眩しさに、目を細めた。
行く当てもなく歩き出すと、足は自然と篝火へと向かっていた。
「あ……」
開店前の篝火の前で足を止め、気まずさに苛まれる。けれど、どうしてもその場から動く事ができなかった。
「まだ開いてないですよ? お兄さん」
突然、女性の声が聞こえてきて、僕はびくりと肩を震わせる。
声がした方に視線を向けると、僕とほぼ同じ身長の女性がこちらに歩いてくるところだった。彼女のシナモン色のポニーテールには、見覚えがある。篝火の店員である理沙さんだ。
「あれ? お兄さんって、もしかして『土曜日の君《きみ》』?」
理沙さんは、僕の顔を見るなり、そう言った。
「え……?」
聞き慣れない言葉に、僕は眉根を寄せて聞き返す。
「あ! ごめんなさい。いきなり、変な事言って。私、このバーの店員なんです。お兄さんが、毎週土曜日に来るお客さんに似てたから」
と、彼女は申し訳程度に謝罪する。
「いや、似てるっていうか、たぶん本人です。毎週土曜日に、ここに来てたから」
僕が言うと、
「やっぱり、間違ってなかったんだ! よかったー! 私、滝川理沙って言います」
と、理沙さんが自己紹介をした。
一応、僕も名乗って、その場から離れようとする。
「ちょっと待って! 何か、悩んでないですか?」
「あ、いや、悩みなんて……」
理沙さんに図星を突かれ、視線が泳いでしまう。
「そんなの嘘ですよ。沈んだ顔で、見つめてるんだもん、何もないわけないじゃないですか。そうだ! 私、これから行きつけのカフェに行くところなんですけど、よかったら、ご一緒しません?」
理沙さんは、にっこりと微笑んで提案した。
「え!?」
急な誘いに、僕は上手く断れなかった。
「行きましょ、行きましょ!」
理沙さんは、僕の手を引いて歩き出した。
「ち……ちょっと、理沙さん!?」
僕は、引きずられるようについて行く。
やけに眩しい彼女の笑顔が、僕の心に光を灯した気がした。
「美味そう……」つぶやくと同時に、僕の腹が鳴った。「冷めないうちに食おうぜ」待ちきれないとばかりに、竜希がうながす。僕は何食わぬ顔でうなずいて、食卓についた。幸い、僕の腹の音は、彼には聞こえていなかったようだ。二人分のミートソースパスタとコーンスープからは、美味しそうな湯気が立っている。僕達はいただきますと言って、早速、食事に手をつけた。コーンスープのコクと甘味が、食べ応えのあるパスタにちょうどいい。「うん、美味い。さすがだね。短時間で、二品も仕上げるんだから」「サンキュー。でも、コーンスープは、市販のやつだよ。あの短時間で、パスタ作りつつ、ここまでなめらかにするのは、さすがに無理だって」と、謙遜する竜希。それでも、僕からしてみれば、すごい事には違いない。もし、同じ状況で僕が作ったら、二倍とはいかないまでも時間がかかると思う。「ごめん、佳晴さん」突然、竜希が頭を下げた。「え? いきなり、何?」理由がわからなくて、僕は小首をかしげた。「いや……明日、佳晴さん仕事だろ? なのに、無理させちまったから……」うなだれる竜希の姿は、どこかしょんぼりとした大型犬を彷彿とさせる。それが、何だかかわいらしいと思った。「ちょっとだるいけど、大丈夫だよ」だから謝らなくていいと言い置いて、僕はパスタを頬張った。「じゃあ、せめて、佳晴さんの家の場所を教えてよ」送らせてほしいと、彼は真摯に告げる。「……あれ? 言ってなかったっけ? 僕の自宅、このアパートの一階にあるんだ」「……へ?」素っ頓狂な声を上げ、竜希が目を丸くする。「なんか、ごめん」僕が謝ると、竜希は脱力したように微笑んだ。「いや……それなら、遅くなっても大丈夫だよな?」「え、いや、でも……明日、仕事だし……」「えー? いいじゃん。もう少し、佳晴さんと一緒にいたいんだって」
「挿れるよ」宣言した直後、相沢さんはゆっくりと僕の中に挿入ってきた。久しぶりだからか、内側から押し広げられる感覚がある。でも、痛みは、まったくなかった。「やば……久しぶりの佳晴さんの中、あちぃ……。このまま、溶けそう」言いながら、彼は僕の中に自身を沈めていく。「相沢さんの、おっきぃ……」切なかった腹の中が、少しずつ彼で満たされていく。言いようのない心のざわつきも、彼のぬくもりで溶かされていった。彼を根元まで迎え入れた直後、「あ゛ぁああ……っ!」僕は呆気なく達してしまった。腹の上に広がる白濁が熱い。でも、僕自身はまだ勃ち上がったままだ。「挿入れただけで、イッちゃった?」そう言って微笑む彼に、僕は荒い息をつきながらうなずく。「かわいい。でも、まだ終わりじゃないぜ? もっと、俺を感じてよね」と、相沢さんは緩い抽挿を始める。「な゛っ……!? だめ! イッた、ばっか……なのにぃ!」「だから、いいんだろ?」妖艶に言って、相沢さんはゆっくりと腰を動かす。全身を駆け巡る甘いしびれに、僕は喘ぎ悶える。「好きな人とのセックスって……こんなにイイもんなんだな」相沢さんが、恍惚な表情でつぶやいた。その言葉には、同意しかない。身も心も繋がる心地よさは、本当に久しぶりだった。「あいざわ、さん……んぁ……すきぃ……」「俺も好きだよ、佳晴さん」睦言を交わしながら、キスをする。舌を絡め、互いの唇を夢中で貪る。抽挿は次第に速くなり、僕も無意識に腰を動かしていた。「んっ……んふぅ……ぁっ&h
「ふ……っ……んぅ……ぁ……ん」甘い吐息が漏れる。我慢しようとしても、止められなかった。彼の舌が、ぬらりと僕の舌を絡め取る。かと思えば、舌先でちろちろと舐められる。僕もどうにか応えようとするけれど、上手くいかず彼のペースに飲まれてしまう。(相沢さん……)好きが溢れて、僕は彼の背に手を回した。頭の中がじんわりとしびれてきて、腹の奥が疼き出す。おまけに、足の力が抜け、立っているのがままならない。しがみつくように、手に力を入れた。「――っ!」彼の吐息を感じた直後、キスをしたまま体の向きを変えられ壁に押しつけられる。「ん゛ぅ……っ!」吐息まで飲み込まれそうな深いキスに、一瞬、息ができなくなる。執拗に舐め回され、舌が麻痺してくる。けれど、同時に敏感にもなっていて、彼の舌が動く度に僕自身が小刻みに動いてしまう。苦しくなって彼の背中を軽く叩くと、ようやく解放された。「っは……はぁ、相沢さん……どうしたの?」僕は息を整えながらたずねる。「悪い……。我慢してたんだけど、限界でさ。……嫌だった?」不安そうにたずねる相沢さんに、僕は首を横に振った。「嫌じゃないよ。むしろ、興奮した」少し恥ずかしいけれど、僕は素直にそう言った。以前、『店では、指一本触れるな』と、彼を突き放してしまった。あの時と今とでは、まるで状況が違う。でも、相沢さんは、ずっと約束を守ってくれていた。そんな彼をとても愛おしく思う。同時に、バーテンダー姿の彼に唇を奪われるという非日常感に欲情してしまった。「ふーん? じゃあ、これからは、店でも触っていいんだな?」確認するような口ぶりで、相沢さんが妖艶に微笑む。「あ、いや、今まで通り
「で? 何を始めるって?」怒りが収まったのか、相沢さんが理沙さんにたずねた。「本音の語らいですよ。やる事やってるのに、ちゃんと話し合ってないみたいじゃないですか。だから、今日この場で、腹割って話せばいいんじゃないかなって」と、理沙さんが告げる。彼女が話している途中から、相沢さんの表情は曇り、南波さんは恥ずかしそうにはにかんでいる。「……どうして、それを?」静かに問いかける相沢さんの視線は、理沙さんに向けられているはずなのに、どこか虚空を見つめているようにも見えた。理沙さんは、少し困ったように僕を見る。僕は小さくうなずくと、「僕が、彼女に相談したんです」と、相沢さんの質問に答えた。「佳晴さんが……?」と、相沢さんと南波さんの視線が僕に注がれる。「あの時の、相沢さんの言葉の真意がわからなくて。でも、貴方に聞いたら、それ以上の事も言ってしまいそうだったから。それに、あのピアスの事も――」僕がそう言うと、相沢さんは気まずそうに視線をはずした。「ピアスって……?」南波さんが、きょとんとしながらたずねる。「数日前、相沢さんの寝室でピアスを見つけたんですよ。それも、ベッドサイドに置かれてた片方だけのピアスをね」僕は、感情を抑えながら告げる。そうでもしないと、嫉妬が溢れてしまいそうだった。「片方だけ……? それって、もしかして猫の肉球の形してませんでした?」たずねる南波さんに、僕はそうだとうなずいた。「そうだったんすね! いやー、ありがとうございます! 片方、失くしたと思ってたんすよ。この前、竜希さんから受け取ったんすけど、相馬さんが見つけてくれたんすね!」言いながら、南波さんは僕の手を取ってぶんぶんと上下に振る。「あ、いや……どういたしまして」予想外の反応に、
「――今日は、ありがとうございました」カフェを出てすぐに、僕は理沙さんに礼を言った。彼女に話したことで、心が軽くなった気がする。「どういたしまして。もし、また何かあったら言ってください。相談に乗りますので」と、彼女はにこやかに言った。僕は笑顔でうなずいた。友人はある程度いるけれど、この手の話はできないから、本当にありがたい。彼女と別れ、僕は真っ直ぐ帰宅した。日時が決まったら連絡するという彼女の言葉に、胸が躍る。「……そんなに会いたいなら、会いに行けっての」自嘲しながら、そんな事をつぶやく。でも、篝火には行けない。『行きたくない』ではなく、『行けない』のだ。相沢さんに会ってしまったら、胸の中に溜まるどす黒い感情をぶつけてしまうだろう。彼の仕事中であれ、関係なくだ。それが、僕は嫌だった。彼の仕事中の姿が好きだからこそ、邪魔はしたくない。「拗らせてるな……」ため息とともにつぶやく。会いたくない、触れたい、触れてほしい。でも、会いたくない。そんな想いが、堂々巡りのように脳内を駆け巡る。「相沢さん……」虚空に消える声音は、どこか甘えるような切ない響きに聞こえた。こんなに誰かに恋焦がれたのは、何年ぶりだろう。それも、追い縋る恋だなんて、もしかしたら初めてかもしれない。「――っ!」彼の事を考えていると、腹の奥がズクンと疼き始めてしまった。どうしてと思うより早く、僕は自身に直接触れる。「ふっ……あっ!」知らず知らずのうちに、彼の指使いを再現していたのだろう。思わず声が漏れてしまった。こうなってしまうと、欲望を抑えることができなくて。僕は、本能のまま自身をしごき、後ろの窄まりに指を入れる。(相沢、さん……相沢さん、相沢さん、相沢さん……!)彼の
カフェに到着した僕達は、店内の奥にある席を選んだ。周囲に他の客の姿はなく、相談事をするにはうってつけだった。とはいえ、本当に彼女に相沢さんとの事を話してしまっていいのかどうか、今更ながらに悩んでしまう。注文を取りに来た店員に、理沙さんは紅茶とイチゴのパフェを、僕はコーヒーをそれぞれ注文する。「……それで、相馬さんは、何を悩んでるんです?」店員の気配がなくなってから、理沙さんがたずねた。「それは……」口ごもる僕に、理沙さんは肩をすくめて、「まあ大方、相沢先輩との事なんだろうけど」と言った。「え……どうして、それを……?」僕は、警戒するようにたずねた。「いやー、二人を見てれば、なんとなくわかりますよ。それに、あの人、昔から浮いた話でトラブってたし」「え、昔から……?」僕がそう口にした瞬間、注文していた商品が運ばれてきた。「ごゆっくりどうぞ」と店員が離れると、理沙さんはきらきらと茶色の瞳を輝かせる。「わあ、美味しそう! いっただっきまーす!」と、パフェに口をつける。満面の笑みでパフェを頬張る彼女を見ながら、僕もコーヒーに口をつけた。「……それで、相沢さんが、昔から浮いた話でトラブってたっていうのは?」「私、相沢先輩と同じ高校だったんです」理沙さんは、パフェに向けていた視線を僕に向けて言った。相沢さんは、昔からかっこよくて、男女ともに人気があったらしい。告白された数も多かったそうだ。理沙さんも、彼に告白した生徒の中の一人だったようで。「まあ、それは置いといて。当時は、結構、押しに弱い方だったんじゃないかな? 断りきれずに、同時に複数の女子と付き合ってたみたいですよ。結局、それもバレちゃって、ほとんどの女子から無視されるようになったみたいですけど」「そう、だったんだ……。だから、恋人は作らないなんて……」僕がつぶやくと、「え……先輩、そんな事、言ってたんですか?」